2020年2月15日土曜日

シンポジウム「難波宮と藤原宮」

今日は、帝塚山大学のシンポジウム「難波宮と藤原宮」です。
これは行かないわけにはいかないです。m(__)m 資料作りも、明神山シンポジウムもあるのですが、心を鬼にしてでも行かねば。
しっかり勉強するのです! 相原義之先生のお話はもちろん、李陽浩先生のお話や伊藤純先生のコーディネータ―としての仕掛けなども楽しみに行くのです♪ 面白くないわけがないですよ。(^^) 司会の清水昭博先生を含めて、登壇される4名の先生の内、3名の先生に定例会でお世話になっているという、σ(^^)にとっては濃い恋(?)シンポジウムです。勉強させていただきます。m(__)m

風人の飯
マヨラーの血は受け継いだ。(笑)
鶏マヨを作りました。下味にもマヨを揉みこむ♪ で、唐揚げにして、山椒マヨソースで食べました。塩コショウと酢と砂糖を少々。山椒はしっかりです。美味すぎ! 7個食べてしまいました。(笑) カロリーも高いですけど、σ(^^)たっぷり歩いているので大丈夫。(^^) 昨日は、ウォーキングで500キロカロリー消費しましたからね。(笑)
 鶏マヨ
ほうれん草1袋全部付けました。皿には半量です。オリーブオイルソテーです。美味すぎて、この皿二つ食べたのでした。(^^ゞ
耳成山と香久山とテント
で、どこを歩いていたかというと、飛鳥に向けて。(^^ゞ 昨日、気づいたのですよ。急いで帰らなくても良いのだと。時間はσ(^^)だけのもの。買い物もゆっくりしてよくなったのです。市役所の帰り、飛鳥川を遡りました。甘樫丘から帰宅。自由な時間って、良いです♪ 体は疲れますが、歩いているとなんだか自由な気持ちに浸れます。
暑いくらいだったので、おにぎりを買って昼ご飯に。のんびり歩きました。約13,000歩。ちっと、今月はオーバーウォーキング。でも、昨日でも2時間弱です。
耳成山と香久山とテント! (笑) テントにはN文研と書かれていました。(^^)

で、帰ってからは、即、万葉集と格闘していました。万葉集の検索ではお世話になっていた山口大学のデータベースが閉鎖されているので手作業です、(>_<) 厳しい! 想定外! (>_<) 漏れも出てきます。龍田をキーワードで検索しまくり、万葉歌をピックアップ。で、今回は差異を強調したいこともあって、古今和歌集も引っ張り出しました。目がしょぼしょぼ! 作業終了は10時半。昨日も、目いっぱい頑張りました♪

飛鳥・奈良時代の万葉集には龍田山、平安になるとなぜか龍田川がメインになるんですよね。なんだ? 実際に調べてみて、その傾向が明らかなのを身にしみて感じました。こういうのって、知ってしまうと気になってね。(>_<) 不幸な性癖。(>_<)



2020年2月14日金曜日

休む間はないな

疲れが出てきた。。。(>_<) 昨日は、朝から資料作りをしていて、10時頃に医者へ。薬局に回って帰ると昼になっていた。昼ご飯を食べ終わると、保険関係の手続きのために人が来て45分。入れ違いに訪看さんが請求書をもって来訪。(^^ゞ 30分ほど、お礼だとかで時間が過ぎて気づくと2時近くに。水無月をトイレに連れてやって、お茶を飲んでいたら、寝てしまった。(>_<) 
起きたら4時! 朝の続きの資料作りを再開して、七郷山城までの資料を形にした。6時前だったかな。夕食作りに立って、風人の飯を作る。

風人の飯
春巻きミンチカツ(メンチカツ)
パリパリジューシーで、めっちゃ美味かった。もちろん、ミンチカツにはキャベツたっぷり。これは、リピありのメニューになりそうです。ソースでもからし醤油でも美味しいだろうな。
もちろんサラダ付きです。

で、食後、水無月の食事、再びトイレ散歩に出してやって、お勤めをして、風呂に入ったら強烈な睡魔に襲われた。バタッ! 

もう、限界的な疲れかも。母の葬儀後のあれやこれやのバタバタの中で、咲読書いて、資料作りして・・・。いい加減限界かもね。早く形を作って、定例会前に休みたい。

まっ、土曜日が楽しい一日になりそうなので頑張りますが、ちょっぴり心も折れそうな感じ。今日は、諸手続きに必要な書類などを市役所に取りに行かねば。時間がかかるだろうな・・・。ちと無理なことをしている感じ。自分でしているのだけど・・・


2020年2月13日木曜日

亀瀬路

昨日、「亀瀬路」と書かれた文献を探し出した♪ えらいっ! 
自分で褒めてやりました。(笑) で、ご褒美に、さわさんへ。(爆) 

というより、目が耐えきれなかったのです。朝7時から、ず~っと細かな文字を追っていましたのでね。途中で1時間歩きに出たのと、銀行の人が来たくらいかな。30分ほど。後は、ず~~~~っと書物と睨めっこ。で、見つけたのが「亀瀬路」! というわけです。
これが飛鳥時代なら、もっと騒いでいるのですけどね。(^^ゞ 鎌倉時代でした。平安時代にも道長がそれらしい歌を残しているのですけど、「亀瀬山」と書かれていて、「龍田川」とありますので、まず間違いなく川筋に来ているようです。

で、鎌倉の文章には、奈良と大阪間のルートが書かれていました。6ルート。詳細が分からないのも半分ほどあるのですが、「信貴路」「生駒越路」「亀瀬路」が挙げられていました。生駒越路って、おそらく暗峠越えでしょうかね。
これで、少なくとも鎌倉時代に亀の瀬に道路が通っていたことが分かりました。
『春日社記録』中臣祐定記の嘉禎2年(1263)10月9日条「注進 御供途可令運上路々事」として、「西路 大板路、亀瀬路、信貴路、生駒越路、上津鳥見路」


道長
『扶桑略記』治安3年(1023)10月の藤原道長の高野山参詣の条「廿七日(中略)指河内国、進発之間、亀瀬山之嵐、紅葉影脆、龍田川之波、白花声寒」

本日は雨模様なので、引き続き勉強します。で、資料を形作って行く予定です。

追記
ぅう~む! 道長の漢詩には続きがあるようです。
「食山中仮鋪草座。柳供菓子。焼紅葉。媛佳酒。蓋避突風一也。昏黒御河内国道明寺。」
ってのが続いている。亀瀬山で、紅葉を焼いて菓平を供し酒をあたためている。龍田川沿いかな?

在原業平は、どのルートを河内の女のもとに通っていたのでしょうね。。。まさか山越え? 夕方に出て行ったとかありましたよね。在原寺は櫟本付近とすると、まさに龍田道なんですが。平安初期ですよね。ちと、調べてみるか。。。



風人の飯
夜は、さわさんだったので、お昼御飯です。
 親子きしめん
具材は、鶏もも肉とエリンギと卵です。で、うどんではなくてきしめん。きしめん食べたの久しぶりです。って、この二つの違いは何? 形状だけなんかな? 
形状だけみたいですね。まっ、食感が違いますね。

カニカマ入りポテサ
σ(^^)、朝はパン食なんです。昨日の昼に作ってあったのを食べました。で、ほうれん草のスープ付きです♪ 

2020年2月12日水曜日

畏の坂

今週金曜日、飛鳥遊訪マガジン出します! ( ゚Д゚)  

岡島永昌先生が、定例会を前に原稿を書いてくださったので、定例会前々日の発行より余裕をもって読んでいただこうと思い繰り上げて発行することにしました。なので、読んでくださいね!
ということで、急遽決まったのですが、咲読を書きました。ふー! ところが、今、書き替えたくなってます。(笑) 資料化するときに、内容が変わるかもしれません。(^^ゞ 

下のマップは、どこでしょう? って、分かりすぎやろって感じですが、亀の瀬付近です。今回は、龍田古道ってどう? というために新しく描きました。50m等高表現です。一番高いところで300mくらいなんですよね。亀の瀬を回避する必要がなかったらという話なのですが、比高差220mもある山越えをしますかね? 
で、日本書紀には亀の瀬の地すべりの記録はありません。この地域が地すべりをしていた古い記録は、実は無いようなのです。
が、しかし! 所在地は不明なのですが、「畏の坂(かしこのさか)」って表現が万葉集にあるんですな! (^^ゞ 平城京からその歌の詠み人は、高知県に流罪になって旅立つので、この「畏の坂」は、亀の瀬付近ではないかと考えられるのだそうです。
「畏」は、主に「おそれる・かしこまる」の意味に用いられますよね。「畏怖」とか。恐ろしい坂という意味なら、亀の瀬の地すべりの表現かも知れないとも考えられるわけです。で、古代から地すべりしていたのだというわけです。

ほんまか! というわけで、あれやこれやと調べているうちに日が暮れました。(笑) σ(^^)、疑う深いのです。(^^ゞ

この男、密通罪なのだそうです! バチが当たるかと余計怖かったのか? (笑) 
それはともかく、σ(^^)が坂道嫌いなのは知る人も多いのですが(笑)、若干遠回りでも平らな道が好きです。(^^ゞ 比高220mは越えません。はい! 竹ノ内峠越えが怪しいように、龍田古道も普通言われている山越えのルートは怪しいと思うのですよ。そういうルートもあったのでしょうけどね。そんなことを考えるときに、マップを見ていると何か思いつかないかなと描いたのが下のマップというわけです。
一般的に龍田古道と言われる道は、山中の二番目に濃い部分を通り、そのあたりから右側に下って行くのです。かなり急勾配ですね!

風人の飯
 イカのから揚げ
σ(^^)、尿酸が溜まりやすい体質で、プリン体の多い甲殻類や内臓類を象徴的に食べないようにしていたのです。が、実は、好きなんですよね。(^^ゞ ので、たまには良いということで、から揚げにしました。ここから崩れる尿酸対策! (笑)
簡単カルボナーラ
風鼓さんは、スパゲッティを食べられなかったのです。うどんみたいにすすって食べるので、周囲がソースだらけになります。特にケチャップは、洗っても落ちにくい。(>_<)
ので、めったに食べられなかったので、昨日、作りました♪ 時々、パスタも作ろっと。

2020年2月11日火曜日

資料作り

第72回定例会の配布資料を作っているのだけど、なかなかです! なにせ、岡島永昌先生がレジュメを作ってくださるのですから、本来、独自資料なんて要らないのです。でも、作ろうというのですから、何をどう作ろうかと・・・。めっちゃプレッシャーですよ! 両槻会らしい綿密な部分もありながら、独自性も保ちたいとなると・・・・。

ネット資料とか調べていると、へぇ~! って思う資料は岡島先生作なんですよね。しかもわかりやすいのです。いじる余地などありません。どうする!(笑) と、今更ながらなんですけど、ビビり始めました。初めからわかってるやろ! (>_<) 
どうするんでしょうねσ(^^)。

今までも、似たようなことがありましたよ! だって、尊敬できる先生方をお呼びして定例会を開催しているわけですから、かなり影響されていますからね。当然と言えば当然なんですが、今回はσ(^^)があまり知らない地域や時代を含みますので、大ピンチです。(^^ゞ でもね、それだけに新鮮で楽しいのですけど、付いて行かない頭の鈍化。(>_<) というか、前から鈍いのですけど。昨日は、唸っているだけで終了しました。(笑)
たぶん、ギリギリまで苦闘します。σ(^^)の理想としては、岡島先生とバトルできるような資料が出来れば良いと思っているのですが、理想と現実のギャップは厳しい。無理無理!! (笑)

これは、楽しいことでもあるのですよね。泥縄であっても、今現在は勉強しているわけですし、それは知らないことを学ぶ楽しさなのですよね。これが楽しくなくなったら、両槻会なんて大変なサークルを維持するモチベーションは生まれません。最後の日まで、対岡島先生とのバトルを楽しみます。(笑) レベルが違う! m(__)m

風人の飯
変な鍋! 鍋が大きいのでスカスカに見えますが、かなりの量です。キャベツが沈んでいるからかな? 一応、石狩鍋風です。具材は、鮭・じゃがいも・玉ねぎ・水菜・キャベツ・エリンギ・大根です。スープは、出汁と味噌とみりんと酒とバター。かなり風人家風石狩鍋スープです。写真の段階では、まだバターは入っていません。煮ながら食べる鍋は、風鼓さんには無理だったので、家で作る鍋は煮物になっていました。昨日も寒かったので、美味しかった♪ 今週の後半は4月も後半か? という気温だとか、良いタイミングの鍋でした。アッツアッツのおでんを作りたいのだけど、もう一度、寒くなりますかね。


2020年2月10日月曜日

亀の瀬と麻婆ミックス

昨日、定例会の資料に使う図面などを整理していました。元資料の図面が分かりにくいので、描き替えたくなったものが1点。迷っている暇はないので、早速、描いてみました。ところが、描いてみていろんなことが分かってきたのです。やっぱこの作業とても大事! 最近、資料を読んだりしているので知識としては理解できるのですけど、実感を持てないことも多いのでしょうね。昨年末から、亀の瀬に3回行きました。ようやく、地形も頭に入ってきた感じがします。
竜田古道とされる道にも興味が出てきましたしね。足がしっかりしているうちに、龍田古道を歩きたいと思っています。石田成年先生の情報では、龍田古道を取り上げたイベントなども柏原市で計画されているようなので、そのようなイベント参加も考えてみたいなと思います。

そう! σ(^^)、ショートの予定に縛られなくなっているのを忘れていました。(笑) やっと、完全フリーの人間になったのですよね。どうも慣れないけど。

ので、行けないと思っていた15日のシンポジウムも行けるんですよね♪ 藤原宮と難波宮 明神山のシンポジウムにも行きたいのだけど、σ(^^)は一人。(>_<)

資料作り、今日も続行です。頑張らないと、定例会まで2週間を切りました。(>_<) 忙しい! 

風人の飯
麻婆ミックス
豆腐・白菜・大根を入れています。豆板醤が少し足りなかった。(^^ゞ けど、美味かった♪ ちょっと食べすぎ。(>_<)


2020年2月9日日曜日

鉄の道と川の道

昨日は、楽しい一日でした。岡島永昌先生・石田成年先生のダブル解説。σ(^^)は鉄ちゃんではないのですけど、それでも面白くて楽しい解説に耳を傾けていました。
σ(^^)は高校時代に和歌山線の踏切を渡って通学していたのですが、その当時王寺駅を出発したSLが、友人たちを乗せて通過していました。説明を聞いていると、その年が最後の運行になっていたようで、とても懐かしく思い出しました。下の機関車はD51だそうで、σ(^^)が見たものではないようです。王寺に行くとき、いつも見ていたのですが、この公園に入ったのは初めてでした。


 こちらは近鉄田原本線のいわゆるガード。背が高いですね! 築堤は100年ほども前! 風鼓さんと同じほどの歳です。こちらの方が頑丈ですね。(^^ゞ そんなことを思ってしまいました。
 この元水路は、定例会でも何度か通りました。西安寺跡⇔達磨寺のルート上にあります。
 こちらも元水路。「井路」というのだそうです。潜っているときに電車が通過すると、なかなかの迫力です! 
 第3大和川橋梁というそうです。大和川に斜めにかかっているので、様々な所に工夫がされているようです。説明を聞いていると、おぉ! とか思いました。結構、面白い!
 雪丸おさんぽ弁当
大和の特産物を使ったお弁当でした。美味しかったです♪ 地すべり資料館でいただきました。(^^)
 地すべり対策の施設も見学することが出来ました。上の写真は、排水トンネルです。
まるでシェルターとかダンジョンみたいでした。(笑)
 集水井
下から見上げています。凄い! 雨水や地下水が滴ってきます。
 集水井
上からです。同じ集水井ではありません。
で、鉄道のトンネル!
旧大阪鉄道亀瀬隧道(明治25年開通)というそうですが、排水トンネルを掘っているときに発見されたそうです。隧道は、昭和6~7年の地すべりで崩壊されました。天井にはSLの煙が残っているのが、妙に生々しい感じです。レンガ作りで、イギリス積みと呼ばれる技法で積み上げられてるそうです。
 上の写真がピンボケ気味なので、もう一枚掲載しますが、人を消すために加工しています。左右が別の写真です。

 で、亀の瀬。後半は、この水運・陸運の難所を如何に越えるか、古代より現在まで、人と自然の闘いの歴史を見ているように思いました。
 亀の瀬の地名由来になった亀石(岩)
 第4大和川橋梁
狭い渓谷を地すべりから逃れるために川を渡らなければなりません。そのための知恵が詰まっているようです。門外漢なので、どこまで理解できたかは分かりませんが、とても楽しい一日でした♪

王寺に出て、アフターもたっぷり♪ 

さて、定例会の準備を本格化させます。