2013年2月16日土曜日

快晴だよ!

寒いけどね。
ではでは、第38回定例会の下見に行ってきます。(^^) 


2013年2月15日金曜日

風人 必死のパッチ・・・の巻

必死のパッチですが、如何せん持ち時間が少なすぎです。(>_<) 誰か時間を売ってください!

さて、週末風人。

土曜日
第38回定例会(5月11日実施)の下見行です。ラップタイムの確認とトイレ位置の確認、雨天の場合の昼食場所の確認、全コースを歩いての疲労度、交通量などなど、季節によっての違いがありますが、3月2日の定例会で参加者に発表したいので頑張ります。
夕刻は、有間皇子邸で食事。暫く、行けないかも知れないので行っておきたいです。

日曜日
家事も休養も振り捨てて、第37回の資料作り。

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2月末から、風人が忙しい原因の一つはこれ。↓
帝塚山大学市民大学講座スケジュール

第300回 2月 23日(土)
「貨幣発行と都城の建設」
松村 恵司 先生(奈良文化財研究所長)

第301回 3月 9日(土)
「斉明天皇の政と祭祀-たぶれ心の溝の実態-」
甲斐 弓子 先生(帝塚山大学考古学研究所)

第302回 3月 16日(土)
「大和の古代寺院と渡来人」
清水 昭博 先生(帝塚山大学)

第303回 3月 23日(土)
「奈良朝最後の天皇と寺院-光仁天皇と秋篠寺-」
森 郁夫 先生(帝塚山大学附属博物館)

帝塚山大学市民大学講座
会 場:帝塚山大学東生駒キャンパス 5号館5104教室
時 間:各回 午後2時~3時30分(90分の講義)
申し込み・参加費は不要です。
駐車場はございませんので、公共の交通機関でお越しください。
(帝塚山大学からの案内コピペ)

これは、皆勤しなくてはなりません! 
両槻会定例会が3月2日ですから、2月23日から毎土曜日。(^^ゞ 上手く被らなかったねって思うでしょ。これのために、ずらしたのです。(笑)
特に、森先生のは行かねばなりません。σ(^^)にとっては、森先生の現職最後の講演になります。森郁夫先生という偉大な研究者に可愛がっていただけたのも、市民大学という度々お会い出来る機会が有ってこそでした。そのお礼を、述べねばなりません。

2013年2月14日木曜日

風人頑張る!の巻 とお知らせ

両槻会協賛 「第3回飛鳥資料館写真コンテスト」
両槻会が提供する特別宝物が決定しました。来館者直接投票最多得票者への副賞になります。

従一位(1名)飛鳥資料館官位・表彰状(巻物)・写真額装・図録1年分・特別宝物 ← これです♪

特注本革製の首掛け一眼カメラストラップなんですけど、超豪華です♪ かなり凝ったものですよ♪ σ(^^)本気で欲しいので、別名で応募しようかと思っています。(爆) その内、写真とかも公開しますが、これを目指して応募をお願いします。締切まで、もう少しです。よろしくお願いします。
http://www.nabunken.go.jp/asuka/contest/contest03.html

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「閾石の一部が擦れただけ」って!安心報道? 危機一髪やん!(-_-) 擦れたのもアカンやん。傷付いたんとちゃうん! とか、心配しますよ。
閾石ってのが、あの西石室では目立った素人にも分かるポイントですもんね。昨年末に見たばかりだけど、そのまま残せないのは残念に思う。直ぐに覆屋が造られるって聞いてたのにな。大事にしてください。m(__)m 植山古墳の話でした。

で、首痛に悩まされたり、風邪引いたりして、もう残り2週間しか無くなってしまった次回定例会。準備が~!(T_T) 3週間しか無い次々回定例会咲読。(>_<) どえらいことになってきました。(p_-)エ~ン! 

もう、風邪もなんのその、本気モードを柵列(チガウ!)炸裂させる以外にありません。 風人頑張る! 

2013年2月13日水曜日

あら~!

植山古墳の側壁で落石があったとか・・・。(-_-)
http://www.47news.jp/CN/201302/CN2013021201002058.html
西石室ですかね? 西だとすると、扉の敷石とか大丈夫やったんかな? この記事を書いている時点では、まだ詳しく分かりません。
西石室
崩落による破壊が、大きくありませんよう―に。(-人-)

体調は戻ってきましたが、優先すべき事柄も増えてますので、風の書はここまで。m(__)m

2013年2月12日火曜日

復活?

某坊先生と症状は同じで、熱は無い。
なんですな! しんどくても寝てられない辛さを実感するも、寝込まないから気力も早く戻るのかとも思う。もう、風鼓さんには家事は無理なので、どうしても寝てられないのであります。辛いけど、仕方ないですね。というわけで、うだうだ言ってても仕方ないので復活ってことにします。

さて、しっかり遊んで学んだ土日月。元に戻して、自分の仕事に掛かりましょう。

2013年2月11日月曜日

風人もムムム・・・の巻

昨夜、悪寒が来たと思ったら関節や足が・・・。感染源は某坊先生ではないかと疑う。(笑) まっ、人の多いところに、度々・長時間いましたからね。それが原因でしょう。発掘調査報告会が濃厚か?
今日は微熱があるものの、結構回復の兆し。おとなしくしてます。某坊先生も、早く治りますように。(-人-)

さて、昨日は、名張まで行ってきました。午後4時から始まる講演会と対談。終了は18時30分。森先生・名張・夏見廃寺でなかったら行っていないと思う。
ご挨拶した森先生が、驚かれていた。少しお話もさせていただいて、先生のストーカーやってますって言ったら、可愛い笑顔オイ! を向けてくださる。失礼だけど、こういう時の森先生はめっちゃ可愛い。
内容もとても楽しかった♪ 夏見廃寺だから、大来皇女の話も出るのかと思っていたけど、森先生は、最後に1回だけ名前を上げられただけ。(^^) 名張市や参加者へのリップサービスは無し。(笑) 良いですね♪ 
夏見廃寺=昌福寺って決まったようになっているけど、確証なんて無いですよね。σ(^^)は単に、夏見氏の氏寺に、壬申の乱の功績もあるので官から瓦や技術者の援助があったのだと考えたいのですが、森先生も鎮護国家思想と相まって、畿内の東端の要の位置なので官の支援があったのだろうというようなお話だった。
で、そのお話の中で、お寺は単なる宗教的施設にとどまらず、重要な軍事拠点でもあるとお話だった。頑丈な柵・塀・築地塀で囲まれた建物は、そういう用途もあるのかと思うのだけど、夏見廃寺の立地って、軍事拠点には向かないのではないかと風人は思いました。東海道の推定ラインに背を向けていること。東海道からは丘陵の反対側の斜面にあるので、防衛拠点にはならないのではないかなと思った。丘の上から攻められたら具合悪くないですかね。(^^ゞ と、名張川の右岸に在るのも気になるのです。名張の駅舎とか郡家跡って言われる遺跡は、左岸にあるみたいですから、連携しての防衛拠点なら左岸に造るべきやないかと。
夏見氏の根拠地だと聞いている鴻池遺跡も、夏見氏の台頭や衰退と合わせて動きがあると教えてもらったことがあります。奈良時代には、伊賀氏が勢力を増すと聞いたので、お堂だけやった夏見廃寺を、二次・三次拡張造営したのは別(伊賀氏など)の誰かなんだろうか。まだまだ謎が多い夏見廃寺でした。楽しい♪

で、ショックなことが。σ(^^)が少年期を過ごした家が無くなっていた。(T_T) 詳しく書くと私の正体がバレる可能性も有るが、育った家は改装されて喫茶店になっていた。我が家の庭に育っていた桜の樹2本も残っていて、名張に行けば懐かしい思いをしていた。昨日行くと、喫茶店は無くなり駐車場と化していた。(-_-) 桜も1本に。(-"-) 知り合いのお家は居酒屋になっているし、やはり50年の月日は多くのものを変えてしまう。
しかし、名張市のドーナツ化現象は、幼かったσ(^^)の記憶を消してしまうには充分だった。あまりにも寂しい。昨日は、センチメンタルになっていた風人でした。

2013年2月10日日曜日

書かないといけません! m(__)mオネガイシマス

明日香村発掘調査報告会は、大盛況でした。12時30分少し前に会場に行ったのだけど、既に長蛇の列。こんなの初めて! 槻樹の広場が人を集めたのかな? 
で、木下正史先生の講演を含めて面白かったのだけど、とりわけ、初めて聞いた島庄遺跡の報告が興味深かった。復元CGなども見せていただき、飛鳥の南を押える島庄遺跡を視覚的にイメージすることが出来た。ただ、島庄を大きく囲む塀って在ったのだろうか? そこのところは、まだ上手く頭に入って来ない。詳しく教えてください! 某坊先生。m(__)m 

昨夜から、ネットニュースで出ていますね。下記など
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nara/news/20130209-OYT8T01180.htm
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013020902000236.html
http://mainichi.jp/feature/news/20130210k0000m040040000c.html

で、ありがたいことに、論文までお持ちいただき感謝しております。m(__)m S先生からも報告書をいただきました。m(__)m 風の書は、絶大なオネダリブログと化しております。(^^ゞ すみません。m(__)m 

一足先に、チョコもいただきました♪ 愛をしっかり受け止めたいと思います。(^^ゞ 

大藤原京五条八坊現説:磐余池?現説は、はっきり言って分からなかったというか、護岸されていたってことが分かったが、それだけだったように思う。護岸の様子が上から(堤上から)しか見えないので、高さなどが実感できないのもマイナスであった。説明者の声も小さくて聞き取りにくかった。現説として、もう一工夫あっても良いのではないだろうか。

現説から報告会へ、そして飛鳥の中心部を歩いて、最終目的地に向かった。楽しい宴を最後に、歩いて・学んだ一日が暮れて行ったのでした。

さて、名張に行けるかどうか・・・、とりあえず家事から始めよう。