2012年3月10日土曜日

輾転反側

ここのところ忙しかったし、定例会の週の睡眠不足が今になってこたえてきた。(-_-) 昨夜から、体調激悪。夜中に発熱して目が覚めた。ふー! 寝られん! 起きな!って思うのだけど、どっちも出来ずに輾転反側。まだ、ぼーっとしている。(p_-) 朝ご飯は手抜きして、やっと着替えて起き出した。

さて、そんなことは言っていられない。出かける準備をしなくちゃ! 第32回の当日予定などを、先生方に説明してこなくちゃね。では♪

2012年3月9日金曜日

次期連載♪

ひょんなことから、次期連載のお話まで出ておりますが、どうぞよろしくお願いします。m(__)m 次号には特別寄稿をいただけるようなので、今の連載は後2つあるのではないかと。宮の造営、京の造営などなど、両槻会的には今が旬♪ (笑)
と、以上業務連絡♪ 

しかし、ホンマなんかなぁ~! 飛鳥岡本宮が正方位? ぅう~ん!(笑) 風人としては、岡本宮は斜方位を採っててもらいたい。(^^ゞ← 妄想炸裂中

さて、紀路踏破へ後1ヵ月になりました。その間、歩けそうなのは2日だけ・・。不安!(^^ゞ 15km×2くらいは歩かないとなぁ~って思っているのだけど・・・、頑張れ風人!(笑)

25kmを淡々と歩くだけでは、飽きてくるかもなんて思い始めている。いろいろ込で7時間30分で到着予定なのだけど、遊びの要素も入れてみようかと思っている。レポを書くにしても、歩いているだけではどうにもならんかと思ったりしてね。特別回やって、資料無しレポ無しってわけにもいかないよな。
で、有間皇子ごっこをしながら行こうかと思っている。参加者に役を割り振ったりしてね。(^^ゞ σ(^^)は、なんとかって有間皇子側の魚の名前のおじさんが良いな♪(笑) コノシロさんだったけ? コノシロの若魚をコハダって言うんだってね。ほら寿司ネタになる奴。小っちゃい魚なんかな?(^^ゞ どっちにしろ、あまり格好の良い名前で無いところがよろしい♪ 塩屋って、紀伊の豪族なんだってね。磐代辺りだとか何かで読んだ記憶がある。で、有間はその辺に葬られたんだとか。有間って本気だったのか?なんて思う今日この頃。阿部って軍事・水軍に強い母方を持ってるしね、結構やれる見込みがあったのかも。で、紀温湯に誘い込めば勝てる!って思って、父が死んでから計画を温めていたのかも知れない。実際に、うまく斉明さんを紀伊まで連れ出しているもんね。詰めが甘かったってことなんかな? しかし、なんですな!赤兄って、有間ファンではないけど、後にも好きになれないおじさんですな。(笑) 誰に配役を回す?(爆)

週末風人
土曜日
帝塚山市民大学講座 「飛鳥にも都市計画はあった」 黒崎 直 先生
しっかり勉強してこよう。眠くならないように、今日は早寝を宣言!(笑) で、特別回打ち合わせ出来たらな。

日曜日
原稿書きと家事。

2012年3月8日木曜日

五分の一と四分の一

週末の帝塚山大学市民大学講座に向けて、すこ~しだけ予習中。

第282回 3月 10日(土) 14:00 から
「飛鳥にも都市計画はあった」 黒崎 直 先生

講師の先生が昨年出版された「飛鳥の都市計画を解く」を今頃読んでいるσ(^^)ドロナワ!。ご近所さんでも、読んでいる方がおられましたね!(笑) 
この本の中にお名前が出てくる方お二人を知っているので、σ(^^)には親しみのある本。こういう本は逃してはなりません。(^^ゞ あすか塾でも昨年末に条坊の精度の勉強をしましたが、あの時も、数字に頭が付いて行かなかった。(>_<) この本も、語り口調は優しいのだけど、数字を扱うので頭が痛くなる。(-_-) ガキンチョの時から算数大嫌い!(笑)

7世紀前半に5分の1里(約106m)を基準にした方格地割が施工され、7世紀中ごろに4分の1里(約132m)基準に変更される。さらに、藤原京の条坊がかぶさって、もう一つ条里制の地割が施工される。ってことが書いてあるようだ。網目だらけやん! (p_-)メガイタイ! 

どっかからどっかまで測ったら、なんかの数字になるんやない?(笑) そういうのに注意しながら一度読み終わったけど、移動中とかの読書では分からん! この本を読むときには、別に地図や図をコピーして手元に置かないとダメかも。

百済大寺 → 高市大寺 → 大官大寺 → 大安寺 って、流れを地割の変更って視点で捉えるのは面白いと思ったのだけど、実際にはもっといろいろありそうだと思うのですよね。(^^ゞ 吉備池辺りまで同一地割プランが影響していたってのも、ざっくりした一読だけでは充分には納得できなかった。

それと、5分の1から4分の1里に変更になった理由は? なぜそんなややこしいことをしたのだろう? 建設中の建物とかもあっただろうにね。(^^ゞ 画期は、飛鳥京ⅡとⅢ期の狭間だとされているようなので、やっぱ大化改新・蘇我本宗家の滅亡が原因? だとしたら5分の1里って地割は蘇我が施工したってことになる? 4分の1里地割導入は中大兄・斉明さん? もう一つ、舒明の飛鳥岡本宮は、なぜ正方位を採らなかったの? なぜ地割を無視してるの? ここらを知りたいですな!算数だけでは、どうにも素人は分かりにくい。(^^ゞ←勉強しなさい!
(舒明VS蘇我って、σ(^^)の中では面白いテーマなのですけどね。)

でね!中ツ道延長線って、意識されてたとσ(^^)は思ってた。小墾田宮もどこかでそれに接してるんやないかと思っているσ(^^)。どうなんやろなぁ~。

もっとじっくり取り組まないといけないのだけど、そんな余裕はないので土曜日に勉強してこよう。ざっとだけど予習になっていたら、講座も分かりやすいだろう。(^^)キタイ 

さて、紀路に頭を戻そう。次号飛鳥遊訪マガジンは時遊録だけで良いのだけど、あっと言う間に次が来る! というより、実施日が来る! 並行して第32回も詰めていかなくちゃ! まっ、市民大学毎に、講師にお会い出来るのでありがたい♪ 前回みたいに会えないと大変なんですよ!(^^ゞ

2012年3月7日水曜日

受付開始

第32回定例会の申し込み受付を開始します。奮ってご参加ください♪

第32回定例会
両槻会主催講演会
小山廃寺(紀寺跡)を考える」 ←クリック 両槻会HP予定ページ

講 師 : 森郁夫先生
(帝塚山大学名誉教授・帝塚山大学附属博物館々長)

開催日 : 5月5日(土)
会 場 : 飛鳥資料館講堂
開 演 : 13:00(予定)
定 員 : 40名
運営協力金:1,000円 (経費分担金)
申 込 : 3月7日より受付開始(定員になり次第締切)
備 考 : 約5kmの事前散策を行います。(小山廃寺跡などを見学)
帝塚山大学准教授 清水昭博先生とスタッフの説明有。
(自由参加・散策のみ参加は不可)

:::森先生よりいただいた講演概要:::

雷文縁軒丸瓦を所用瓦とした小山廃寺は、以前は紀氏の寺、紀寺跡と考えられていた。それは寺域に含まれる田に、それと思わせる字名が存在していることによる。しかし、近年そのことに疑問がもたれ、現在では小山廃寺と呼んでいる。雷文縁軒丸瓦はいくつかの地域に見られるが、その分布状況はいわば特殊な感じをもたらせる。その分布状況、また7世紀後半代の製品ということから、小山廃寺はどのような寺なのか、ということを考えていきたい。

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スタッフも参加人数に入りますので、お早めにお申し込みください。

「雷文縁軒丸瓦」なんていうと難しそうだけど、ラーメン鉢の周囲みたいな文様が特徴の瓦ってことです。(笑) あまり、難しく考えないで参加してくださいね♪

2012年3月6日火曜日

切り替え!

もう、頭を紀路に切り替えないといけないのですが、無為に2日過ごしてしまった。(^^ゞ 溜りに溜まった「海神」も見ようと思っていたのに、これも追いつけず・・・。(-_-) 「海神」面白かったのになぁ~!
まっ、それは仕方ないとして、紀路ですよ。もう1週間で原稿書かないといけないのに、まだ何をどう書くのかも考えていない。ふー!

しかしなんですな!有間くんて、えらく人気者なんですね。(^^ゞ 悲劇の皇子!って感じで、イラストとかも格好良く描かれている。そうすると、天邪鬼なσ(^^)は、ついツッコミを入れたくなる。有間皇子神社なるものまであって、有間皇子まつりもある。観光地宣伝キャラにさせられているのって、本人が知ったらどう思うんだろうね。

紀路って、もちろん有間皇子だけじゃなくて、海路と大和(飛鳥)を結ぶ重要な幹線道路だったわけで、物流も人の流れもたくさんあった。だから、ドラマも生まれ、万葉歌も多く残っている。

けどけど、今回の紀路ウォークは、有間くんに仮託して歩こうかと。有間皇子の変の再現ドラマ風に♪(笑) せっかく、邸宅跡をスタート地点に選んだんだものね。(^^ゞ 
658年11月5日に拘束されて、11月9日に中大兄皇子に尋問されるまでの4日間の再現。まっ、紀ノ川までだけど。(^^ゞ 

5日夜、邸宅を包囲される。共犯者はそれからなのだろうか・・。
5日深夜、一旦飛鳥の牢屋みたいなところ入れられるの? 留守司に軟禁? 軟禁なら有間邸でも良いのかな?

6日朝、押送の旅路に出発。昼過ぎに紀ノ川に到着。椎の葉に盛られたご飯でも食べた?(笑) ここらが、真土山辺りとしようか。

6日夕、川船で紀ノ川河口付近の役所に到着。
7日朝、船を乗り換えて、紀温湯に向かう。
7日夕、紀温湯に到着。

うぅ~む、一日余る!(笑) 7日は、海が時化ていたことにしよう!(爆)

いや! 6日は、まだ共犯者狩りが行われたんだ! だから、出発は、7日ってことだったのかもね。その方が良いか。(^^ゞ

2012年3月5日月曜日

は~い!原稿待っています♪

同時間帯に甘樫丘東麓遺跡に行っていたようだ。知っていたら、ご挨拶したのに! 惜しいことをした。(-_-) 

ということで、現地見学会の話は、止めといて。(おいおい!) だって、焼けた地面とか石敷もあったけど、なんやどうまとめるのか分からんから、某先生にお任せする方が良いやん! (笑)
ただ、朝から雨になった見学会なのに、大勢の方が来られていた。甘樫丘東麓というと=蘇我氏ってことがあるから、頑張って来られるんだろうな。土曜日の朝にNHKでもニュース流してたから、関心を呼んだのかも知れない。

昼からは、飛鳥資料館で表彰式に参加。立派な式典をしていただいた。

表彰状だけは、本名♪(笑)

ぺらっとした表彰状かと思っていたのですが(^^ゞコラッ!、えらい立派な物を頂戴してしまいました。
で、副賞は、デジタルフォトフレーム♪ ありがとうございました♪ 
何人かの方とお話も出来たし、良い時間が持てました。

特に、風人さん!っと声を掛けてくださる方が居て、両槻会も知っていただいていました。(^^) 
5月の第32回も参加してくださるそうで、今後、お付き合い出来ればと思いました。いつか、訪ねて行きたいなぁ~。ちと遠いなぁ~・・・。


土曜日の報告は、yukaさんやsachiさんのブログにすでにアップされているので割愛。右サイドのリンクに有ります。手前味噌ですが、楽しい定例会になったなぁ~って思います。説明とかは、あまり出来なかったですけど、ウォーキングとしては天気に恵まれて(風人人徳による♪)言うこと無しでした。
藤本山の下りは、皆さん急斜面に足の疲労を覚えられたようですけど、景観ボランティアさんのおかげで、随分歩きやすくなっていました。前のままなら、もっときついことになっていた思います。ありがとうございます♪

総距離で、σ(^^)は14km強、昨日は10kmほどでした。特別回は、この2日分。(^^ゞ

で、特別回「紀路踏破 -有間皇子追慕の道を行く-」の申し込みを締め切りました。
当初定員の2倍の参加者になりました。(^^ゞ 皆さん、健脚だ! σ(^^)、不安!

さて、σ(^^)はしばらく紀路の方に頭をシフトします。

2012年3月4日日曜日

無事終了♪

で、行ってきます♪ 
本日は、甘樫丘東麓遺跡の現地見学会と飛鳥資料館での表彰式♪