2017年3月3日金曜日

豊浦寺と同タイプ

小山田古墳の墳丘盛土から出ていた瓦は、豊浦寺と同タイプと新聞に書かれていた。
「6世紀後半代の土器類とともに、7世紀前半の軒丸瓦片が出土した。」
これを根拠に、小山田遺跡における古墳の築造時期が7世紀前半以降であるとされたようだ。瓦が出たのなら、蘇我氏ゆかりの土地だったって考える方が自然なんやないかな? 舒明と蘇我氏って、後半は上手くいってなかったように思うのだけど。宮殿を飛鳥の外に出したり、官のデッカイお寺を造るしさ。伽藍配置も変われば瓦当文様も一新する。そういうことと、小山田古墳舒明初葬墓ってのは、どうもσ(^^)にはしっくりこないのですよね。西隣の菖蒲池古墳も蘇我のお墓だと思うしね。双墓かどうかは、σ(^^)には難しいけど。あの辺り、宮ケ原1・2や五条野の辺りの古墳は、蘇我っぽいし。
舒明墓ってことに報道では大きく取り上げられているけど、なんか違うような気がする。

訪問看護師さんも、舒明天皇の墓が見つかったんですね!と、σ(^^)に話しかけてきた。(^^ゞ σ(^^)は違うと、思わず熱く語ってしまうところだったけど、風鼓さんが直腸脱の気配になったので、話は流れた。(^^ゞ

小山田遺跡 橿考研報道発表資料
http://www.kashikoken.jp/from-site/2017/koyamada8.pdf

昨日は、風鼓さんが調子が良かったので、食後寝かせつけて、σ(^^)はさわさんに。
で、往復込みで2時間の息抜き。蕗味噌をいただいて帰った。(^^v  季節を感じる春の味覚。蕗の薹を刻んで炊き込んだお味噌です。香りが春なんですよね。これだけで、ご飯を食べられるよ♪ 毎年、春になるといただくのだけど、風鼓さんも大好物なんです♪ お酒にも良く合う♪

で、帰宅。(>_<) 何だか様子がおかしいのだ。家に入る瞬間から、家の様子が変わっているのだ。ドアが開いていたり、閉まっていたりとか、スリッパの位置が違ったり、洗面所に灯がともっていたり。気になって、早速、風鼓さんを見に行く。起きていたけど、ベッドに横になっていた。で、ご飯、何にもないねんけど!と。(>_<) 水無月にはやったけど・・・。・・・・。(-_-;) あかん! 
水無月の食器を見ると、ご飯が詰まっている。(/_;) 上にハムが突っ込んであって、高野豆腐も乗っていた。(ノД`)・゜・。 
水無月は賢かった。一口も食べていない。助かった! 

それから、錯誤が続く。遅くには、おかぁちゃ~んと大声で叫ぶので、結局、メルマガの発行作業は出来ないで終わった。今朝は、7時まで寝てしまい、訪看さんが来るまでの作業が出来なかった。

昼から、大急ぎで発行準備をしなきゃ! 



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