2022年12月10日土曜日

余談

 飛鳥好きの私は、奈良時代になると時代が新しいと感じます。そして、古墳時代は古すぎるという感じを持ってしまいます。ので、興味も知識も極端に落ちます。(笑) しかし、興味が他にないかというと、そうでもないのです。知っている人は知っていますが、私は三国志フリークでもあるのです。その関係のゲームもよくやっていますし、登場人物も系統的に500人程度の名前を今でも憶えていると思います。

その三国志に、烽火台の話が出てきます。私にとっては、とても悲しい話になって行くので、何度もこの部分を飛ばして読んでいたこともありましたが、しかし、だからよく覚えているともいえるのです。

三国(魏・呉・蜀)の勢力が、漸く拮抗して三国鼎立の様相を示し始めたころ、蜀崩壊の序章が始まるのです。その幕開きともいえる時期に烽火台が登場します。三国の真ん中の地、荊州を巡る争いです。荊州を任された蜀の大将軍 関羽の下で、烽火のネットワークが建設されます。その烽火台間の距離は、それぞれ20里と記されています。当時(後漢)の度量衡では、1里は約415m~420mくらいかとされるようなので、約8.4km。

それ以上のことは分からないのですけど、烽火を見た私の感想では、妥当な距離なのではないかと感じます。安全を見て、5~6kmがやはり良いのではないかと。

三国志では、この烽火のネットワークを襲撃されることによって、軍神関羽は帰らぬ人となるのですが、飛鳥時代のネットワークは実際に使われたことが有ったのでしょうか。


最近、烽火のことを考えているので、三国志のエピソードを思い出してしまいました。(笑)

また、脱線してしまいました。(^^ゞ 忙しくなると、こういうことをしてしまう私って。(/_;)