咲読を回避して続きをやらせてもらっているので、かなり集中的に勉強できた♪ 分かったことが有る♪ 対馬島から壱岐島は、烽火では視認できないというのが、もはや学会では通説らしい。(^^ゞ そんなことも知らずに、ウロウロしてたわけだ。(笑) けど、何も知らないところからたどり着いた結論は、正しかったのだから頑張ったよね。 σ(^^)、偉いのかも知れない!(爆)
対馬の烽火は、推論通り島内の連絡用だったわけだ。8つくらい烽火の候補ポイントがあるそうだけど、金田城や港への通信で、早船で壱岐に連絡する。壱岐からは、烽のネットワークを使って首都飛鳥へ。
火山とか日岡だとか、関連しそうな地名がかなり残っているみたいだし、旗振り山みたいな近い時代のポイントも烽火のルートを踏襲している部分もあるかも知れないそうだ。烽火も、意外に早い伝達スピードを持っていたのかも知れません。
ちなみに旗振りというのは、大阪堂島のコメ相場を一早く伝えるための大型の手旗信号みたいなもので、驚くべきスピードでコメ相場を伝えていました。時代は、江戸中期から明治頃まで。
資料によると、旗振り場の間隔は3里(12km)、通信速度はなんと時速720kmもあった。大阪から和歌山まで十三峠経由で3分、天保山経由で6分、京都まで4分、大津まで5分、神戸まで3分ないし5分または7分、桑名まで10分、三木まで10分、岡山まで15分、広島まで27分で通信できたといわれている。へー! ですよね。受ける方は、望遠鏡や双眼鏡を使って旗を振る数でコメの値段(相場)を伝えたそうです。そういう場所なら、烽火にも相応しいかもしれない。そこに、古代の烽火ネットワークのヒントもあるのかも知れないですね。
ただ、目的地が各地方都市という事になるので、九州北部から飛鳥という単純なルートとは、違いもあるかも知れんね。
ちょっとすっきりしたので、今日からはポイント説明に集中する。どのくらいのポイント数にするかは、まだ未定で、これから考えます。ただ、予告している所は作りますのでご安心を。

