今日は、この講座を聴講予定だったのですが・・・。
開催日: 3月14日(日)
内 容: 「飛鳥と大宰府-飛鳥・藤原京からみた大宰府都城の成立-
相原 嘉之氏(奈良大学文学部文化財学科准教授)
場 所: 明日香村中央公民館
時 間: 13:00~15:00
残念。(>_<) m(__)m 大宰府の知識は全くないので、勉強できると楽しみにしていた。最近、烽火だとか飛鳥防衛の話が多く聞こえてくるので、そんなのも興味が起こっているんですよね。出来たらですけど、定例会のテーマにもと思ったりしてます。近々、講師予定の先生にメールしようと思っているのですが、毎日、片づけることが多くて。。。
昨日は、飛鳥古寺手帖の関連資料を完成させた♪ 漸くだ! 時間がかかってしまったな。(-_-;)
でも、結構、勉強できた。条坊も確認したしね♪
で、小字がやっぱ気になったので、その方面も調べてみた。
「キテラ」
小山廃寺の場所に寺跡があるのは、かなり古くから知られていたようです。
江戸時代の文政12〈1829〉年、津川長道が『卯花日記』に、「田の中に大きなる礎石あり。此も塔の礎と見ゆ。」と書いていますし、岡本桃里は、心礎と思われる絵を残しています。明治の初めのころまでは、礎石と思われる大きな石が転がっていたのだそうですが、そんな石たちも、庭石や石垣に転用されたのかいつの間にか無くなってしまったようです。
岡本桃里が描いた絵の横には小さく「字木寺大塔ノアト」との文字も書きこまれ、跡地付近の字名「キテラ」には「木寺」の文字があてられています。
小字「キテラ」は、跡地の講堂跡や金堂跡に沿うように南北に細長い場所をさすようです。付近には、「カナヤケ」「北金焼」などの小字もあって、この小字名も飛鳥の寺院跡近くにはよく見られます。検索程度では、なかなか地名由来までは出てこないのですが、寺の焼亡や金属工房などがあった痕跡が字名として残ったとも考えられているようです。
小字名って、とても面白い♪ きっと、その土地の事を雄弁に語っているのだろうと、いつも思う。けど、聞き取ってやれないのが残念だ。
今回の資料ではありません
第32回定例会の資料なのですが、ちょっとズレてるところも。m(__)m 条坊もちょっとね! m(__)m 東二坊大路の位置が変です。すみません! 金曜日公開資料では、修正していますので、そちらを見てね。
「北金焼」は「カナヤケ」の北にあるのかと思いきや南にある! (笑) 南に「南金焼」はない! (^^ゞ
小山廃寺現地説明板より

