道に迷ってしまった! 妙な資料を見つけてしまって・・・。こういうのツボなんですよね! 元に戻れなくなる。(-_-;)
条里図の地名と違った地名を見つけてしまったのだけど、こういうのはどうなん? ってね。
下八釣町は、条里に従えば高市郡路東26条3里ってところにあるのだけど、その集落の中にある畝尾坐健土安神社の棟札に十市郡下八釣邑として庄屋さんの名前が書かれているんですよね。安政2年11月3日の日付と一緒に。
安政元年は、1854年。
で、これは良いのです。条里制が無くなっている時代なのでね。住所としては、十市郡に属すようになったってことなので。
けど、今の神社が旧地を守っているなら、というか大きくは変わらないと思うのだけど、『延喜式』神名帖十市郡の神社として書かれているんですよ。これは、畝尾都多本神社も同じ。正確に言うと、十市郡に在った畝尾坐健土安神社に、この集落の神社が比定されているってことなんですけど。いつから、この神社を畝尾坐健土安神社としたのかはよく分からない。石灯籠には、寛文元年(1661)の銘があるようだ。これだと、条里は無くなっている。1582年以前の証拠があれば話が変わってくるのだけど・・・。
神社の性格上、香久山辺にないとダメなんですよね。この神社の南東には、赤埴山と呼ばれる山もある。(^^ゞ このあたり、どうなんだろうか・・・。
まっ、こういうのも勉強しているからこそってことで良いのか。。。
もう一つあるんですよ! 吉備池辺りの航空写真を見ていて気づいたのですけど、ソイルマークか? ってのが目についたんです。錯覚かも知れないけど。
それで、報告書を読んでいると、埋没河川が出ていいて、延長線上にソイルマークみたいなのが乗るんです! ちょっと嬉しい♪ これも、時間がかかった! 報告書なんて、斜めに読んでも大変だからね。
ソイルマーク ← ってのは、左のリンクをクリック。
ひょっとして、米川の旧流路かも知れない! 吉備池の南にある工場建設前にトレンチ入れてるみたいです。細長い南北のトレンチで、北半分が河道だと書いてあった。溝ではないみたい。ここに米川(百済川)が流れていたら、物資の搬入搬出は楽だろうな。
この工場の敷地内みたい
なんか、憑りつかれたかのように時間が過ぎた! よくあるんですよね、こういうの。(>_<) 性癖だ。。。
時間がないので無かったことにしよう! (爆)
クリニックで怒られた! (>_<) 言われても、仕事せな! (>_<)
風人の飯
せめて野菜の多いレシピにしましょう♪
肉野菜炒め
キャベツ・玉ねぎ・人参・ピーマン・ニンニクの芽・豚バラ肉をごま油で炒めました。
鶏ガラスープの素+オイスターソース+塩コショウ味です。
冷奴
厚切りベーコン(笑)+カクテキ+ネギをトッピング。出汁醤油をちょっぴりかけて食べました。


