2016年6月23日木曜日

駱駝!

駱駝なんですけど、キャラにしてみようかと。(^^ゞ 他に案も無いので、こんな感じかなと思ったりね。実際にこのような絵があり得るのかどうか。(笑) 証拠はないのですけど、希望的推測ということで。
改めて見ると、もちっと仕上げが必要ですね。粗い! 鞍も有った方が良いのかな? 絨毯みたいな織物を敷く?

4回目の咲読に向けて、時間があまり取れないのだけど、苑池のテラスの短辺の方なんですけど、藤本山を向いているような。(^^ゞ まだ言ってます!(笑) まっ、本人も無理から感を感じているのですけどね。(^^ゞ 
角度合っているような!(笑)
短辺の東側に祭壇とか有って、中島真中辺りで天皇が祈りを捧げ、お付きの人が後ろに控えるとすると、短辺の方に祭壇が有る方が都合が良い。(笑) 何とでも言えますな。(^^ゞ そこまでは妄想としても、可能性は完全には否定できないかなと。伎楽説も楽しいのですけどね! 川原寺が近いし、伎楽でも結び付きますからね。次回は、その辺りを書いてみようかと。中国の神仙思想だとか、苑地だとか、禁苑だとか、新羅・百済の資料なんかも、ももさんが当たってくれています。σ(^^)がしないといけないのですが。m(__)m 

結局は、苑地ってただの庭の池やなくて、いろいろと役目を担っていたのかもということを書きたいのです。

:::::::::::::::::::::::::::

昨日は買出しに行けず、肉類全く無しの在庫飯。(>_<) 

で、ちと困ったことに。(T_T) 持病が顔を出しかけています。爆弾抱えた感じですよ! 怖い!!
σ(^^)、それでも寝てられん。(>_<) 買出しも必要だし、日常の事は何一つ変えられん。(-.-)ツライ! どうか治まってくれ! (-人-)  

::::::::::::::::::::::::::

さて、そんなことは言ってられません! 57回の詳細案内を作らねば。(-_-) 


7 件のコメント:

  1. 蘭亭で行われた曲水の宴の影響が中島の曲線を作ったんじゃないかと思っています。

    返信削除
    返信
    1. ananさん、こんにちは。
      東晋の蘭亭ですね。どうなんでしょうね? 庭園史はよく知りませんが、それならどうして池の形をそうしなかったのでしょうね? 苑池は五角形ですけど、南北池共に直線的すぎるように思います。
      また、最初に造られた中島の形も気になるところです。

      削除
    2. 斉明天皇が造園したときは百済の影響を受けていたので直線的ですが、その後新羅と交流を持つことになる天武天皇期に雁鴨池の影響を受けて曲線を意識したものを作ったのかなと想像していました。根拠はありませんm(_ _)m

      削除
    3. ananさん、よく勉強されていますね。
      そういう傾向は、有るようですね。

      ただ、斉明朝の宮滝離宮には池があり、曲線で出来ているのです。
      下のリンクを参考にしてください。
      http://asuka.huuryuu.com/kiroku/teireikai-49/teireikai49-2.html#吉野と吉野宮
      宮滝遺跡も読んでみてください。

      なかなか筋道通りにはいかないものです。(笑) だから面白い!

      削除
    4. 大学の勉強で「日本庭園のルーツを飛鳥京跡苑池から探る」というテーマでレポートを書いたんですが、宮滝苑池は勉強していませんでした。こちらの方が日本庭園のルーツにふさわしいですよね!勉強不足でした。ありがとうございました。

      削除
  2. やっぱ藤本山でしょう。
    舞台じゃないので、長辺を正面にはしないでしょうからね。
    短辺が正面かと。

    返信削除
    返信
    1. 梅崎さん、こんにちは。
      そう思いたいところですよね。(笑) 
      しかも、テラスが斉明期にも有れば、両槻宮藤本山説が、面白くなるのですけど。(笑)
      なかなか、こういうのは根拠を示すのが難しいように思います。
      川原寺には、伎楽集団が居たことが分かっていますし、川原・川原寺と書かれた墨書土器なども出土しているので、伎楽が演じられたとするのが妥当な線かも知れません。それは、次回の咲読で紹介できればと思っています。

      削除