2015年12月21日月曜日

一坪ってデッカイ!

そう言うことも、見ないと実感できないですね。やっぱ現地見ないとなと、現説に行くといつも思う。
けど、昨日は3ヶ所の内の2ヶ所しか行けなかった。(T_T) それも、なかなか出られず、警察跡地現説の2時からの説明しか聞けなかった。出遅れも甚だしい! (>_<) 朝は多くの人が詰めかけたようなのだけど、それも一段落したのかσ(^^)が聞いた説明のときは空いていた。(^^ゞ 一日を通して、警察署跡地の方は、1.000人くらいだろうということだった。

完璧な青空で日差しは暖かく、上着を脱ぎだす人多数でした。現説って、極寒・極暑・悪天候と決まっているのだけどね。(笑) 担当のY先生のご人徳か?(笑) たまたまなんだけど、ご一家とお会いした。息子さんは、最近まで両槻会最年少参加者だったが、yuka坊という1歳が最年少記録を塗り替えたのだけど。(笑) σ(^^)の事も覚えてくれていました。妹ちゃんは、記憶にないだろうなぁ~。
 現地の全景をカメラに収めるには、高い所から見ないと無理です。(^^ゞ 広いです~! それが分かっただけでも収穫ですね。これで、一坪の三分の二ほどだそうです。南北が短い。一坪ってのは約108m四方だから、相当広いよ。で、印象に残ったのは、ビルに囲まれた所に、これだけの発掘調査地が広がっている。警察署って大きかったのね!(^^ゞ でっかい穴が規則正しく並んでいるけど、これが警察署の基礎、これも遺構だわね。(^^ゞ 
 珍しい六角形の井戸。
六角形なのは、意味が有るのか無いのかは不明。(^^ゞ 
10個ほどの井戸遺構が検出されていた。飛鳥の現場を見慣れていると、井戸が多いなぁ~って思う。飛鳥の中心部では、ほとんど出てこないですからね。まっ、あまり人が住んでいないからなんだろうけど。
 敷地の端っこなんだけど、こういうのにも説明が加えられているのは嬉しい。佐保川の氾濫なんでしょう。
 説明版!からです。 全く知らなかったけど、三条二坊は、結構調査されているんですね。こういう図面もあまり見たことが無かったので勉強になった。そう言えば、大型の商業施設や市役所が建て替わっているよなと思い出す。
某先生にお話を聞いたのですが、この一坪(14坪)でどうも敷地は完結しそうだってことでした。正殿ぽい庇の有る建物は無いみたいなのですが、敷地の真ん中右側の大きめの建物が中心的な建物ではないかということでした。
Y先生は、手隙が無いみたいだったので、全くお話が出来なかったのが残念でした。
調査現場と朱雀門と風人近影。(笑)
 次に向かったのは、朱雀門の近くです。特に遺構が検出されないことから、広場的な利用が考えられるとのこと。だから、現地は特別面白いわけではない。(笑) なにも無いのだから! でも、広さや場所の風景を頭に入れられたので、それはそれで面白い。朱雀大路を挟んで、反対側の左京の対象位置を奈文研さんが調査しているので、比較すると面白い。たしか鍛冶場があって、その後、やはり広場的な空間になっていたと記憶しているのだけど、確認しときましょう。
 で、今回の調査区の南西部分からは、三条北条間路や西一坊東坊間路と、その交差点が検出されていた。で、その南では築地塀が造られていて、ここで土地利用が変わるかも知れない。
 説明が終わる頃、午後3時40分頃だったかな。もう、夕方の感じになってきた。空には雲が出てきて、日差しが無くなると急に寒くなってきた。雲は、秋の空のようだった。こちらの現場でも、説明を聞いて帰途に就いた。
 朱雀門
その後、せっかく来たのだから、朱雀門を通り大極殿まで行って駅に出ようと歩き始める。その時、K研でお世話になっているKさんにバッタリと! お仕事ちゃうん?!というところから暫し歓談。
大極殿
藤原宮の大極殿だと思って見る。(笑) 
ここで、腿裏の筋肉(ハムストリング)が痛くなってきた。(>_<) 先日から、ピクピクと痛みが有るんですよね。(>_<) どうしたんだろうか! 肉離れをするほどの運動はしていないので、思い当たるところは無いのだけど。(-_-) 

帰宅すると、5時過ぎだった。休むことなく、夕食の準備。こういう時は辛いね。(>_<) 
やっぱ疲れた! 興福寺も行きたかったけど、風鼓さんが居るので仕方がない。駆け足になったけど、現説は、やっぱ楽しい。いろいろと教えていただいた先生方、ありがとうございました。m(__)m


今週末風人
土曜日
帝塚山大学考古学研究所&附属博物館主催の市民大学講座。
「高句麗と古代日本」 関西大学 篠原 啓方先生
前回の続きみたいなお話になるかな? 朱蒙や他の韓流ドラマでしか知らない高句麗。(^^ゞ 勉強になれば良いな。

日曜日
年末掃除開始。