2015年9月7日月曜日

苑池現説

行ってきました。一日降ったり止んだり、さぞ関係者は気を使われたのではないでしょうか。残念でした。とっても面白い遺構だったのですけど、柱穴には雨水も溜まっていたり、足元が悪かったりと、残念な部分も多かったのではないでしょうか。

σ(^^)は、1時到着を目指して最寄り駅に向かったのですが、小雨の中、駅を通り越し結局現地まで歩いてしまいました。けど、電車バスで行くより早く到着。(笑) 約5kmですのでね。1時間で到着しました。
 雨もまたよし

雨のせいか混雑しているということもなく、現地をゆっくり見学できましたし、周辺におられる先生方にもお話を聞くことも出来ました。県の事業だそうで、日ごろお会い出来ない異動された先生方が勢ぞろい。(笑) また、K研のI先生なんかも、市民大学のお陰でσ(^^)を覚えていてくださったり、そういうのだけでも嬉しい。(^^)

で、遺構ですけど、2~3気になるところもありました。柱間にバラツキがあるのですが、北端の1間分がやけに短い気がしました。誤差なのか、意図して短いのか? 例えば、本当は3間の門で、別の施設が付設されていたのかとか。例えばですけど小さな通用門とか、番小屋というのも有りやないですかね。(笑)
まっ、この頃、一時的に偶数間の建物が流行ったのかも知れないのですがね。
総柱建物(門)の北半分


門(?)の南側が削られていて、塀の痕跡が見つかっていないのも、ずっと南の塀跡に単純にくっつけても良いのか?とも。(^^ゞ 塀だと思いつつもね。

と、門だとしたら、天皇が通られる場所なので、その東側にも石敷きが施されていないとならないのだろうと思うのですが、その痕跡が未発見だということ。ちょうど、道路の下辺りになってしまうので、今回は分からないのですけどね。まだまだ、分からないことも多いなって。
で、宮の北側に大型建物が在るのですが、推定通路はその北側を通るとするとちょうど門に良い感じになるのですけど、大型建物が剥き出しで建っていたのかなってところも要注意なのかと。調査の範囲が分からないので何ともですが、敷地を持って囲われていたとしたら、内郭と門を結ぶ通路は、何度か屈折するかもと思ったりします。

毎度のことですが、一つ分かると疑問がたくさん出てきます。長生きしなくっちゃね。(笑)

帰りは、よっぱ車で近くまで送っていただいて楽ちん。(^^) シャワー使って、お昼寝30分の余裕が出来ました。ありがとう。

悪天候の中、皆さん、ご苦労様でした。m(__)m O(H)先生、長々とお邪魔しました。m(__)v


某坊先生、旬の原稿受領いたしました。m(__)m 毎度毎度、感謝しております。m(__)m
外郭の東端までは、全く考えもしませんでした。面白かったです♪
輪さんの北側の空き地ですよね。
皆さんには、来週の金曜日になりますが、飛鳥遊訪マガジンでお読みいただけます。




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