2014年9月27日土曜日

体力低下中

やっぱ疲れてる。(>_<)  腰が重い感じがする。歩けるかな・・・
けど、今日歩けないと、第47回の下見は不可能! 本チャンはもっと不可能! 
どーっと疲れが体に来て、身体が重い。。。。

介護って、身体と心に来る! キツいですね。たくさんの方々が経験されているのでしょうけど。
言葉で理解するのは簡単なんだけど、実際に、それに直面すると厳しいです。σ(^^)は激しい認知症を患った父を見送っているから、その修羅場も経験しているのだけどね。その時は、風鼓さんや兄も居た。今は一人!
全部がストレスとして、一人に集中する。これは、厳しいです。本当は、泣きたくなることも多々あります。

人間って最後に残るのは、プライドなんです。別の言葉で言えば、羞恥心。いくら認知症になったからって、これを踏みにじる事は出来ないのです。それが、介護していると一番のストレスを生むことになります。けど、我が身に照らすと、σ(・・)もそうだろうと思うのです。

老婆でも、そこを気にしてやらないと可哀そうです。面倒なんだけどね。ここにどれだけ神経をすり減らすことか。(>_<) もう直ぐ満で94歳になります。排泄の粗相をなじることなんてしません! 汚物の処理をすることも多々あります。σ(・・)も辛いけど、実は本人が一番きついのですよね。
σ(^^)は、親の事だから嫌な事ではあるけど、掃除や後始末を罵りながらする分けではありません。仕方のない事だと割り切っています。けどね、される風鼓さんがもっともっと辛いのですよね。
その気持ちを含めて、風鼓さんはパニックになってしまうのです。介護する方は、それがまた辛い。事務的にというか、作業的に出来ればどれほど楽でしょう。いつも、そう思う。親子だから辛い。

親子だから! それも異性やから、嫌なこと有りますよね。ここらは、認知症であろうが同じことです。作業としてなら我慢できても、息子だから嫌だって気持ちはσ(・・)は分かります。認知症であろうが、しっかりしていようが、その気持ちは最後まで残ります。σ(・・)は、手探りで父を介護した経験がありますが、父に殴られたことがありました。σ(^^)は、それが良い事だと思ったのだけど、考えてみると父には屈辱的な事だったんだろうなって。今、思い返すと、父に謝る以外にはないと思っています。酷いことをしたよね。ゴメンよ! m(__)m
でもね、後々まで残る臭気とか、現実的な辛さも厳しいですよ。でも、間違っていた。m(__)m

そう思うと、施設を利用することは正しいのかもしれないと思うのです。どちらも作業として割り切れる部分もあるかも知れない。他人だからという免罪符が必要なのかもって思うこともあります。

でもね! 今、一番思うのは、σ(・・)は親不孝だったってこと。最後くらいは、家で死にたいって希望だけは、かなえてやりたいのです。そのためには、とんでもない苦労が付いてくるのですよね。健康を保ってやれないと、家では死ねないのですよね。
施設に入所しても双方がストレスから逃れられるものではないのも承知しています。悩みは深いですね。介護って辛い。

いろいろと考えることは有ります。けど、どれだけ頑張っても、もう数年の事です。σ(^^)は、頑張って最後の望みをかなえてやりたいなと思っています。もう数年なら、頑張れるかも知れない。けど、この判断は、本当は間違っているのかもしれない。その悔恨の情に苛まれます。

σ(--)は、間違っているのかもしれない!