2013年3月7日木曜日

春めく

両津部槻麻呂(ふたつべのつきまろ)くん
民部省に勤める下級官人 
畝傍山の東(後の畝傍御陵前駅付近)に住んでいて、毎朝夜明けとともに藤原宮まで徒歩通勤しています。馬が欲しいなぁ~! 次回定例会キャラになれるでしょうか。(笑)
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一気に暖かくなりましたね。定例会のあの寒さから、まだ1週間も経たないのにね。建物の中では、まだあまり変わらないですけど、外に出るとポカポカしています。でもでも、また寒さも返ってきたりするんでしょうね。

咲読が書けて、第37回定例会のレポも上がってきました。事務局で撮った写真も揃いましたので、今日はチェックに必死のパッチ!
あい坊先生からも原稿が入り、メルマガで皆さんにも読んでいただけます。内容は、先日現説のあった菖蒲池古墳のお話です。定例会でも場所を示しておきましたので、参加の方には、あのブルーシートのとこかって記憶していただけたと思います。風景を思い出しながら、読んでいただければ嬉しいな。(^^)
菖蒲池古墳から西に五条野辺りは蘇我の奥津城って話を少ししておけばよかったと、今更ながらに反省です。(^^ゞ m(__)m やっぱ、どこで何を話したいってのを箇条書きにでもしておかないとダメですね。余裕が無いことを言い訳に、頭の整理が出来てないのが情けない。(>_<) 実は、天武持統陵の話も、ぶっ飛んでしまっています。(^^ゞマタイツカ! 

さて、次々号用の咲読も準備しましょう。けど、藤原京の条坊をどう呼称しようか、未だに大いに悩んでいるのです。下手すると、思いっきりややこしくなるだけかもしれん・・・。どうしたものか・・・。σ(^^)は、10条10坊と考えて、朱雀大路と同じように宮を突き抜けない中軸の道路を、青竜大路・白虎大路・玄武大路として、それを中心に東に5坊、西に5坊、北に5条、南に5条と呼ぶのが、もっとも分かりやすいのだけど、これだけでは研究機関や橿原市教委の呼称と違ってしまうので、逆に複雑になってしまう・・。
磐余池?とされる飛鳥時代の池跡なんて、まったく違った場所になってしまうのですよね。(^^ゞ 大藤原京左京5条8坊・・・。(-_-)ナヤム! どうしよう! けどね、この呼び方って、σ(^^)は変な感じがする。横大路を条の基準にして南に数を増やしていくけど、北には北1条南・北とか、訳分からん呼び方になっている。(^^ゞ 条坊の数え方は倍になっているので、場所の特定には良いのだけど、どこから数えて何条ってのが分かりにくい! 今までの呼び方の延長にあるから、岸先生の説と矛盾が出ないのは良いと思うのだけどね…。むにゃむにゃ・・・。(>_<) どうしようかなぁ~!




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