2020年4月30日木曜日

σ(^^)の七冊 その5  天の川の太陽

天の川の太陽 黒岩重吾

https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A9%E3%81%AE%E5%B7%9D%E3%81%AE%E5%A4%AA%E9%99%BD%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%BB%92%E5%B2%A9-%E9%87%8D%E5%90%BE/dp/412202577X

σ(^^)が、初めてちゃんと読んだ歴史小説かも知れません。伝奇小説やSFぽいのは、かなり読みましたけど、豊田さんだとか志茂田さんだとか。

天の川の太陽は、壬申の乱をテーマにしています。おそらく、今でもσ(^^)の壬申の乱のイメージに大きく影響しています。ハラハラドキドキして、一気に読みました。この後、黒岩氏の古代史シリーズを追いかけて、落日の王子(入鹿)、天翔ける白日(大津)、紅蓮の王女(推古)などなど、飛鳥時代にはまって行く中で読んでいました。

この小説のおかげで、芋峠を越えて宮滝に行きたくて、これまた何度も宮滝まで歩くことになったのでした。(笑) そして、宮滝から宇陀(榛原)まで歩いたりもしました。そういう、エネルギーを生み出してくれた小説だったように思います。
文字だけで、登場人物がリアルな存在として見えてくるってすごいですね。この作品の中の人間は、σ(^^)にとっては生きていました。めっちゃマニアックな部分では、天武の舎人の名前を記憶したり、中には文祢麻呂のように宇陀までお墓を訪ねたこともありました。彼は宮滝から脱出し近江朝の大友皇子を攻める時、近江路正面軍の将軍の1人として活躍しました。慶雲4年(707)9月21日従四位下で没しているのですが、実はお墓から墓誌が見つかったのです。天保2年(1831)34文字が刻まれた墓誌、銅箱、ガラス製骨蔵器、金銅壺が発見されました。(宇陀市榛原八滝)

壬申年将軍左衛士府督正四位上文祢麻
呂忌寸慶雲四年歳次丁未九月廿一日卒

不便なところなのですが、それでも行ってみようと思ったのは、文祢麻呂(書根麻呂)がσ(^^)の中では、リアルなイメージが作られていたからなんです。なぜ、彼が宇陀に葬られたのかという、謎にも興味がありました。
現地は、山の上の南向きのお墓だったのですが、宇陀の山々が遠く連なり、ひょっとして彼はここが好きだったのかと想像したことを思い出しました。

ただ、黒岩作品は、斑鳩王の慟哭くらいから読めなくなりました。合わなくなった感じがして、読むのをやめたのでした。昔の黒岩作品に戻っていく感じだったかな。